前橋に変化をもたらす「めぶく。」とは

最近、前橋の中心商店街を歩くと「あれっ」と目を奪われる、オシャレな建物が目立つようになりました。前橋中央通り商店街には昨夏、アメリカ・ポートランド発祥のハンドメイドパスタ店「GRASSA(グラッサ)」と和菓子屋「なか又」が相次いで開店。同じ通り沿いには、交流スペース「comm(コム)」がオープンし、感度の高い若者が集うイベントが開かれるようになりました。

前橋の街中で連続する小さな変化―。その中心にあるのが、まちづくりの方向性を定めた前橋ビジョン「めぶく。」です。ビジョンはイベントや都市開発、デザイン、教育とあらゆるジャンルにおける変化のルーツとして、存在感を示しています。

では、「めぶく。」とはいったい何なのか。

「めぶく。」の中の人である、一般社団法人前橋まちなかエージェンシー代表理事の橋本薫さんに、その答えを聞きました。 

震災後、若者が街で遊び始めた

―橋本さんは「めぶく。」の実行を担う〝中の人〟という印象が強いのですが、本業は建築家ですよね。

橋本 そうです(笑)。前橋まちなかエージェンシーは「めぶく。」のビジョンを体現するための実働組織です。プロジェクトで得た収益は、私を含む役員の給与などではなく、社員への還元や街の価値向上のための投資に活用しています。

 街に新たな雇用や価値を生み出すのも、「めぶく。」の目指すところですから。

私は前橋で生まれ、ずっと前橋で暮らしています。前橋市立工業短期大学建築学科(現・前橋工科大)を卒業して地元に就職、その後に前橋市内で建築設計事務所を開業しました。

まちづくりに興味を持ったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。

 ボランティアで被災地に行ったのですが、再建のために地域の人々が協力し合う姿を見て、自分の地元でも同じことができるかと思いました。ずっと前橋で暮らし、働いてきたのに、街のことや地域の人のことを何も知らない。このままでいいのかな、と寂しさを感じたのです。

建物を作るだけなく、地域のコミュニティーや文化を学び、もっとコミットしていきたい―。そう思っていた矢先、地域の中で学びの場を提供する「ジョウモウ大学」が高崎を拠点に立ち上がり、コーディネーターとして関わるようになりました。そのうち、打ち合わせやさまざまな市民活動のオシャレな舞台として使える活動拠点が必要だという話になり、元は染物屋だった家を改装して、コミュニティースペース「MOTOKONYA(モトコンヤ)」(高崎市元紺屋町)をオープンしました。

今でこそリノベーションが一般的ですが、当時はカフェやギャラリーが出店する自由な空間をつくるなんて地方では前例が少なく、周囲に理解してもらうのに苦労しました。

 ある時、「MOTOKONYA」に前橋のメンバーが集まって前橋の企画を考えていた時、「なぜ前橋のことを高崎で話し合っているのか」という疑問が起こりました。

何かやりたい人が集まれる場所が前橋にも必要だと、若い人たちが気付き始めたのです。

前橋のまちづくりについて語る橋本さん=comm

―震災前後で前橋の街は大きく変わりました。沈む街中を何とかしようと若者が戻り、新たなコミュニティーやアートイベントなどが活発になりました。

橋本 人がいない街が逆に新鮮で、可能性ある魅力となり、都内からUターンした若者やアーティストが集まるようになりました。前橋自転車通勤部の岡田達郎さんや現前橋市議の岡正己さんらが出会い、藤沢陽さんが部長となって立ち上げた「前橋○○部」は、その象徴的なコミュニティーです。

同時に、「前橋○○部」の活動スペース「bushitsu」や、私と仲間のクリエーターが運営していた「FRASCO(フラスコ)」など拠点となる場所が街中に作られ、そこで開かれるイベントに若者が集い、街で遊ぶようになってきたのです。

―そのタイミングで、2013年秋に「アーツ前橋」が開館しました。

橋本 「アーツ前橋」を中心に、美術やデザインと地域づくりを関連付けるイベントが多く開かれるようになりました。開館記念のシンポジウムに登壇した時、眼鏡チェーン店「JINS」を展開するジンズ社長の田中仁さんが、同じ登壇者として参加していました。

当時から勢いのある会社の経営者ですから、僕らの活動を見て、最初は「働き盛りの若者が他にやることはないのか」とビジネスの視点で厳しい意見を頂いたりもしました(笑)。

田中さんは同時期から、起業家としての自分の経験を地元に還元する「群馬イノベーションアワード(GIA)」を立ち上げるなど、故郷・前橋との距離を縮めていきました。

さらに、老舗の旧ホテル白井屋(前橋市本町)を取得したことをきっかけに、前橋の街への関心が強まっていったように感じます。旧ホテル白井屋は現在、デザイナーズホテルとして改修工事ですが、素晴らしい宿泊施設があっても、その街に魅力がないと人は来ませんよね。

「ホテルもさることながら、もっと前橋のことを知り、地域をもっと良くしなければ」と、田中仁財団の協力で中心市街地の活性化策を考える拠点「前橋まちなか研究室」が開所しました。

私は、研究室の改修や内装を手掛けたのをきっかけに運営を任され、2015年から街中に身を置き、課題を研究する日々が始まりました。

デザイナーズホテルへの改修工事が進む旧ホテル白井屋。建築家の藤本壮介さんがデザインを手掛ける

「めぶく。」手段は、いろいろあっていい

―街の課題、とは何ですか。

橋本 多くの人に「前橋とはどんな街か」をリサーチしました。みんな「暮らしやすくて、いい街です」と言います。でも「ではどこが魅力か」と聞くと、言葉につまってしまう。赤城山とか具体的な場所を上げる人も、赤城山の何が魅力かという部分までしっかりと言語化できませんでした。

街の良さを明確にプレゼンテーションできないのは、市としてのビジョンがなく、目指す街を市民が共有できていないということ。それが、シビックプライドを衰退させている、前橋の一つの課題だと分かりました。

民間発案でビジョン策定を提案し、先入観のない海外のコンサルティング会社に頼んで「Where good things grow(良いものが育つまち)」という分析を得ました。

日本語訳は前橋市出身のコピーライター、糸井重里さんに頼むことにしたのですが、長く前橋と距離を置いていた糸井さんですから、1回でOKとはいきませんでした。何度かお願いして、言われたのが「過度に装飾された言葉は前橋には似合わない」ということ。

むしろ言葉より、市民一人一人が木を植え、一生かけて育てていくような行動を伴う方がいいとアドバイスされました。そして頂いた「めぶく。」のボディーコピーは、まさに自らの手で土地を育て、芽吹き、成長を見守っていくという強い意思が込められていました。

2016年に前橋ビジョン「めぶく。」をお披露目し、同時にビジョンを市民に浸透させるための組織として「前橋まちなかエージェンシー」を立ち上げることも発表しました。

「めぶく。」のシンボルとして、広瀬川沿いに設置された「太陽の鐘」(岡本太郎作)

―「めぶく。」ビジョンの策定から3年が経ちますが、まだ意味を理解できないと感じる人は多いように思います。

橋本 その誤解は、ビジョンと目標の違いから生まれているのだと思います。
目標はみんなが同じ理解を持って何かを達成しないといけないイメージですが、ビジョンは違います。「めぶく。」とは、自分自身が考え、それに向けて自ら行動する指標であり、誰かを応援することでも成り立ちます。「めぶく。」ための方法は、いろいろあっていいのです。

まちなかエージェンシーの事業だって、小さな開発やイベント、プロモーション、教育とさまざまです。前橋中央通り商店街で開催する「前橋めぶくフェス」は、県内の出店者が消費者の生の声を聞けるマーケットをつくることが狙いです。フェスを通して販売のアイデアを得るのも「めぶく。」ことだと思います。外から来た人の消費行動を目の当りにすることで、商店街にとっても意識改革になるかもしれません。

開発事業では、あえて有名な建築家に関わってもらいます。グラッサは中村竜治さん、なか又は長坂常さん、工事中のとんかつ店「前橋カツカミ」は高濱史子さんが手掛けてくれました。話題性のある建築家が関わると、建築が好きな人が全国から集まります。オシャレにバイトできる飲食店ができれば、学生とその友達が来るようになります。

まずは、いかに街中に興味を持ってもらうか。

前橋のことを気に掛けてくれる関係人口を増やすため、今は失敗を恐れずに、できることを思いつく限り試し打ちしている状態ですね。

絹産業で栄えた前橋の歴史と新しいデザインをつなぐ素材として、グラッサ、なか又、カツカミなどの建築プロジェクトのルールとしてレンガが使われている

―アメリカ・ポートランド発祥である「グラッサ」の日本1号店が開業したり、スローシティを目指したり。前橋はポートランドを目指しているのですか。

橋本 なぜポートランドが注目されるか、ご存知ですか。

ポートランドはアメリカ・オレゴン州の田舎町であり、かつては林業で栄えていました。林業が衰退した後、街は高速道路建設を拒否して、その交付金を市民の交流スペースや路面電車の整備に使いました。当時主流だった都市の画一的な再開発にNOを言ったわけです。

 すると、人生を主役とするスローライフに興味を持った人が、アメリカ全土から集まるようになり、質の高い飲食店やカルチャーが育つようになったのです。

「グラッサ」は、そんなポートランドカルチャーを象徴する店です。現地の本店を視察した際、地元食材と手作りのパスタを使うというローカルファーストへのこだわり、そして働く人が自分らしく生きることを楽しんでいる姿に感銘を受けました。

前橋に持ち込みたかったのは味もさることながら、そのカルチャーです。

そもそも、グラッサは資本主義の主流にNOを掲げている店なので、単なるビジネス目的だけでは権利を貸してくれません。前橋のまちづくりの趣旨に賛同したからこそ、日本初上陸として出店してくれたのです。

ポートランドと同じことが、今の日本でも起きています。地方で暮らす、僕らは「ローカライフ」と言っていますが、東京で疲弊したくない、面白い田舎で暮らしたいという考えは、今や当たり前になりつつあります。

地方の面白さを、前橋から日本へ

―前橋まちなかエージェンシーは最近、独自のビジョン「LOCALIFE DE+SIGN」を公開しました。その意図は。

橋本 「LOCALIFE DE+SIGN」には言葉の通り、地方暮らしの価値を再構築するという意味であり、デ・サインの力で、前橋の「まちなか」から地方をもっと面白くするという思いが込められています。(デ・サインとは、決まり事や固定観念を疑った上で新しい価値を再構築するというデザインの語源)

東京を否定するつもりはないけれど、東京で暮らすのって疲れませんか。今はIT環境が発展して、東京以外の地方でも仕事ができる環境が整いつつあります。
でも、仕事だけができても街が面白くないと移住しようとは思いませんよね。
僕ら前橋まちなかエージェンシーは、これまで地方では体験できなかったことを、前橋に増やしていきます。同時に仕事と遊びを作り出し、暮らしをもっと面白く―。この考えを前橋から、日本中へと広げていきたいと思っています。

橋本さん(中央)と前橋まちなかエージェンシーのメンバーたち。活動拠点のcommはまちづくりの新たな起点となっている

 

(取材:いまここエディター 和田早紀)